こんにちは、院長の長谷川です。
腹が減っては戦ができません。では、腹が減らない時は?
『悪液質』とは、進行した慢性消耗性疾患の合併症で、食欲不振や栄養失調に起因した、病的な全身の衰弱状態です。
心臓病や腎臓病、がん(悪性腫瘍)などで見られます。
脂肪組織だけでなく、運動障害を引き起こすほど、また骨が浮き出てくるほど、筋肉がどんどん減少することを特徴としていて、食べれていたとしても、顔貌が変わるほど激痩せしてきます。
今回は、がん性の悪液質に関するお話をします。
ヒトの場合、がんで死亡する50%以上の人が悪液質になり、この時直接の死亡原因が悪液質である割合は30%に達すると報告されています。
また悪液質がある動物では、化学療法の効果に影響が及ぶことがあります。
①治療効果の減弱
②副作用の増加や、それに伴う治療中断の増加
③予後の悪化や生存率の低下 など
全くいいことがありません。😫
そんな動物の苦しむ姿をそばで見ているご家族も、とても辛く苦しいはずです。
なので、早期から栄養管理を行って動物の食欲や体重を安定化させることは、治療の成功率を向上させるだけでなく、ご家族の精神的な安心にも繋がり、とても重要なのです。🤨
意外なようですが、犬での研究では、がんになってもエネルギー消費やカロリー要求量は、健康な時と変わらなかったと報告されています。
なので、がんの動物では健康な時と同程度のエネルギー補給で十分であり、むしろ重要なのはその中身ということです。
悪液質では、脂肪組織に加えて筋肉組織も減少することが特徴的です。
筋肉量の減少は筋力の低下をもたらし、散歩や普段の運動さえも困難になることがあります。(サルコペニア) 床ずれもできやすくなります。
がん性悪液質は、主にがん細胞が作り出す『サイトカイン』という物質によって食欲が抑えられた結果、『食べられない』状態になります。
体内の炭水化物、タンパク質、脂肪の代謝に変化が起こり、計算上十分な栄養を摂取しているにもかかわらず、体重減少、食欲不振、疲労感、元気消失、免疫異常などの臨床症状が引き起こされます。
がん性悪液質は、以下のように進行します。
第1期:無症状期~体内では既に代謝異常が起きている
第2期:食欲不振、体重減少(軽度)、元気消失、化学療法や放射線療法に対する副作用の発現率が高まる
第3期:衰弱、虚脱、低アルブミン血症
ちなみに、がん細胞の好物は炭水化物で、タンパク質はそこそこ好き、脂肪は苦手です。敵を知れば、対策も自ずと見えてくるはず。覚えておいてください。😉
●炭水化物
がん細胞は、炭水化物の中でもブドウ糖などを好んでエネルギー源として利用し(嫌気的解糖)、その最終産物として乳酸が作られます。
この乳酸は、がんの動物にとっては厄介な『廃棄物』なので、速やかに肝臓でブドウ糖に還元する処理が行われます。(Cori回路)
けれど、この処理にかかるエネルギーはがんの動物の自腹ですので、がん細胞が増殖するためにブドウ糖を利用すればするほど、動物からエネルギー(栄養)が奪われることになります。
まるで、ゴミを不法投棄する違法業者のせいで自然環境が奪われ、自治体が税金を使って廃棄物を処分するみたいな、やるせない話です。😩
炭水化物の代謝異常は悪液質が発現する前から起こっていて、血液中の乳酸やインスリン濃度の上昇は、手術による完全切除や化学療法での完全寛解の後でも、正常レベルに戻らないことが報告されています。
つまり第1期の無症状期や、がんの臨床症状がなくなった子でも、体内では深刻な代謝異常が起きている(続いている)ことが窺えます。
がんの動物では、炭水化物の補給は最小限に抑え、ブドウ糖や乳酸を含む輸液剤の使用は推奨されません。
●タンパク質
がん細胞は、生存や増殖のために必要なタンパク質(アミノ酸)を体から奪い取るので、がんの動物はタンパク質の不足によって、免疫機能や消化管機能、創傷治癒が低下することがあります。
反対に、過剰な摂取は、がん細胞の成長を促進させてしまう可能性があります。
ある種のアミノ酸は、がんの動物に対して有効に働くことが報告されています。
⚫︎グリシン:抗がん剤(シスプラチン)による腎毒性を軽減する
⚫︎アルギニン:免疫機能の増強、がん細胞の増殖・転移の抑制、創傷治癒促進
⚫︎シスチン:猫でハインツ小体性貧血を減少させる
⚫︎グルタミン:抗がん剤(メトトレキセート)の消化管毒性を軽減、消化管粘膜の保護、免疫機能の増強作用
がんの動物は、良質なアミノ酸を含むタンパク質を過不足なく摂取することが望ましいです。
●脂肪
一般的にがん細胞は、脂肪をエネルギー源として利用することが苦手です。
なので、がん動物の食事中の炭水化物を減らし主なカロリー源を脂肪に置き換えれば、がん細胞を兵糧攻めにできるかもしれません。
多くの魚油に含まれるω-3脂肪酸の、エイコサペンタエン酸(EPA)と、ドコサヘキサエン酸(DHA)は、以下の抗腫瘍効果と抗悪液質効果を示すことが報告されています。
①がん細胞の成長と転移を抑制
②がん細胞のための栄養血管新生を抑制
③動物の免疫増強作用
④動物の血液中の乳酸値とインスリンレベルを正常化させ、悪液質を改善させる
⑤放射線治療による皮膚の副作用の軽減作用
けれど同じ脂肪酸でも、ω-6脂肪酸(リノール酸、ガンマリノレン酸)は、がん細胞の成長や転移を促進させる可能性が指摘されています。
なので、ω-6脂肪酸/ω-3脂肪酸の含有量の比率が3以下になるような、食事やサプリメントが推奨されます。
◆栄養管理◆
⚫︎第一段階:食べさせる工夫をする
⚫︎第二段階:食欲増進剤の投与
⚫︎第三段階:カテーテル栄養管理
お家では、電子レンジで温めたり、美味しく香りの良いフードを動物の口元まで手で運んで食べさせたり、動物が嬉しくなる様な看護を心掛けていただきます。
ただし、治療中の他の持病によっては、食事内容に注意する必要がある場合があります。(糖尿病、肝臓病、腎臓病、膵炎など)
毎日、『食べられない』動物を押さえつけて無理やり食べさせることは、動物だけでなくご家族の、身体的・精神的な負担が大きく、場合によっては動物との良好な関係に水を差す結果にもなりかねません。
口からの強制給餌は、特に猫では、全くお勧めできません。
がんになっただけでも辛いのに、毎日、嫌なことを無理強いされたら、動物だって、『うつ』の状態になってしまいます。
そんな様子を側で見ながら、実際に行っているご家族も辛いでしょうし、そんなご家族の姿を見た動物はますます暗くなる。。悪循環です。😢
そのうち、飼い主様から治療を拒絶されてしまうかもしれません。
腹が減っては戦ができません。そして、腹が減らなくて食べないでいれば、体が弱ってしまい、やはり病気と戦えません。
そうならないように、持続的な食欲不振が予想される動物に対しては、早期に経鼻カテーテルや食道カテーテルの留置をお勧めするようにしています。
同時に、①脱水改善、②疼痛緩和、③水様性ビタミン(ビタミンB群)の補給、④低カリウム血症の補正など、食欲低下を引き起こす可能性要因を徹底的に排除します。
治療可能な摂食不良に対する栄養補給を、早期から積極的に行うことによって体重減少を緩やかにすることは、動物だけでなくご家族にとっても、とても重要です。
それは、確実に予後の改善につながるはずだからです。🙂
以上、動物たちの健康管理のご参考にしていただけましたら幸いです。😊
※時々お問い合わせをいただくのですが、診察を伴わない個々のご質問にはお答え致しかねます。申し訳ありません。