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縫合糸

縫合糸/長谷川動物病院
  縫合糸の分類 / 日本医療機器産業連合会JFMDA HPより

 

外科手術では、血管の結紮や切開した組織や皮膚を縫合するために、色々な縫合糸が使用されます。

 

今回は、手術で使用されている一般的な縫合糸についてのお話です。

 

縫合糸は、①素材、②機能(生体内での変化)、③構造によって分類されます。

 

天然か合成か、生体内で溶けて吸収されるかされないか、そして1本糸か撚り糸かどうか、という分け方です。

 

それぞれにメリット、デメリットがありますので、手術の内容や縫合する部位、動物の健康状態、コスト面などによって使い分けられます。

 

動物の健康状態は、組織の治癒までの期間に影響します。

 

低蛋白血症や貧血、がんや糖尿病などの持病によって、治癒の遅延が予想される子には、長期間張力が持続する吸収性や非吸収性の縫合糸が使用されます。

 

くっつく前に糸が溶けて傷口が開いたら困りますからね。

 

また経済的な理由により安価な天然素材の縫合糸が使用される場合もあります。

 

縫合糸は、糸の太さや長さ、縫合針の形状や大きさなどによって、製品が細分化されています。

 

一部の用途を除き、組織反応性が軽微で抗張強度が大きい合成繊維の縫合糸が、一般的に広く使用されています。

 

 

1)素材

A)天然素材:サージカルシルク、スチールワイヤー

特に絹糸は異種蛋白のため抗原として認識されてしまい、組織反応(炎症)が強い傾向があります。

 

B)合成繊維:バイクリル、PDSⅡ、ナイロン、プロリーン、モノクリルなど

組織反応性が小さく、強い張力が期待できます。

 

 

2)機能

1)吸収性縫合糸

結び目が緩まずに、組織同士がしっかりとくっつくまでの間は張力を維持し、くっついた後は溶けて無くなってくれることが縫合糸の理想です。

その理想に近く、一定の期間は縫合を維持する張力を有し、その後徐々に吸収されてなくなります。

吸収性縫合糸は、加水分解プラスチックで、最終的には二酸化炭素に分解されます。

水分に触れると、繋がっている分子がバラバラになり分解される『加水分解』作用によって、吸収性縫合糸は体内で徐々に分解されるのです。

糸の種類によって、抗張強度維持期間(張力がなくなるまでの期間)と吸収期間が異なります。

主な使用部位は、消化管、尿路生殖器、筋膜、皮下組織などの治癒の早い組織です。

尿路系や胆道系では、長期に渡って糸が尿や胆汁と接触していると糸の表面に結石ができるため、吸収糸が使用されます。

 

2)非吸収性縫合糸

体内で分解・吸収されずに残留する糸です。(長期間では劣化するものもあります)

長期に渡り確実に保持する必要のある場合や組織に使用されます。

主な使用部位は、皮膚、血管、神経組織、骨、靭帯などの治癒の遅い組織や、ヘルニアの縫合など確実に保持していたい場所です。

 

 

3)構造

モノフィラメント

PDSⅡ、マキソン、モノクリル、プロリーン、エチロン(ナイロン)など

a)メリット

糸の表面がツルツルなので、抵抗性を感じることなく組織を通過でき、糸による組織損傷や炎症が少なく済みます。

糸の中に細菌が入り込めないため、細菌感染症を引き起こしにくく安心です。

b)デメリット

糸が硬くて扱いにくい:結紮が緩みやすい、結び目が大きくなる、ハサミで切りにくいなど

 

ブレイド(マルチフィラメント)

バイクリル、サージロン(ナイロン)など

a)メリット

糸がしなやかで扱いやすい:結紮が緩みにくい、結び目が小さい、ハサミで切りやすいなど

b)デメリット

糸の表面がデコボコなので、組織の通過抵抗や炎症反応がモノフィラメントよりもあります。

糸に細菌が入り込める隙間があるため、細菌感染症を引き起こす可能性があります。(対策として糸の表面が抗菌コーティングされています)

 

 

 

合成吸収性モノフィラメントの縫合糸は、確かに縫合糸の理想に近いのですが、とにかく硬くて扱いにくいです。😣

 

釣り糸で結び目を作るのを想像してください。

 

力いっぱい結んでみても、スルスル解けてくるでしょう。あんな感じです。

 

なので、モノフィラメントの糸で結紮するときには、何度も何度も結ぶので結び目は大きくなります。

 

皮下脂肪が少なかったり皮膚が薄かったりすると、縫合部の炎症が治った後に、内部の結び目や糸の端が皮膚の縫合部分から飛び出てくることもあります。😥

 

確実に血管を結紮したいときには、ブレイドの糸を使用しています。

 

出血を止められなければ、手術の意味がありませんからね。

 

 

縫合糸に限らず、ヘルニア手術などで使用するメッシュなども、抗菌加工がされていたとしても術後に漿液腫(肉芽腫)を引き起こし、結局取り出すことになる場合もあります。

 

吸収される糸でも、縫合部位での炎症やそれに伴う肉芽やケロイドの形成、出血、化膿、組織液の貯留などが、使用に際し起こる可能性は否定できません。

 

術後に縫合した所が腫れて盛り上がったり、経験はありませんか?

 

私は以前、開腹手術を受けた際に、それなりに大きな組織を取り出したはずなのに、手術前よりもかえって腹部が腫れていたことを思い出します。

 

あれ以来、お腹は小さくなりませんでしたね。😅

 

ある程度は仕方のないことで、防ぎきれない部分もあります。

 

外科手術では、『異物』を体内に残さないということが理想です。

 

けれど、開いた組織は閉じなければならず、血管は結紮しなければなりません。

 

糸を全く使用しない外科手術は不可能です。

 

なので、確実な止血を行いつつ、より組織反応の少ない手術を目指すということになります。

 

ちなみに絹糸は、体から取り出す方の腫瘍の結紮や、組織を牽引するときに一時的に使用する目的で使用しています。安価ですからね。

 

手術の内容だけでなく、縫合糸についても、術前の飼い主様への説明が不可欠だと感じます。

 

 

以上、動物たちの健康管理のご参考にしていただけましたら幸いです。😊

  

 

 

 

 

※時々お問い合わせをいただくのですが、診察を伴わない個々のご質問にはお答え致しかねます。申し訳ありません。