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犬の脂肪腫

 

腫瘍は、良性腫瘍悪性腫瘍に分類されます。

 

悪性腫瘍が『がん』であり、良性腫瘍は『がん』ではありません。

 

(人間のがん保険では、子宮筋腫などの良性腫瘍は保険金が支給されないはずです 消化管間質腫瘍(GIST)でも対象外だったという話も聞きました)

 

勘違いされがちですが、腫瘍=がん ではないのです。

 

そのせいか、私には脂肪腫がありますが、人間の内科の先生は『脂肪の塊』という表現をされます。

 

患者さんの混乱を避けるために、あえてそういう言い方をされるのでしょう。

 

腫瘍 =『がん』= 死 と連想して、悲観的になられる方もいらっしゃいますからね。

 

 

その脂肪腫、ワンちゃんでは結構見かけます。(うちのマオくん(猫)にもあります)

 

体の表面に丸くぽこっと盛り上がったできものがあるワンちゃんを、目にしたことはありませんか?

 

良性を含めた腫瘍の中では、1番多い印象です。

(乳腺腫瘍よりも私は多いように感じます。オスにもメスにもできますからね)

 

ゆっくりと発育しますが、結構大きくなるものもありますし、体表(皮下組織内)にできることがほとんどなので、短毛の子では目立ちます。

 

体表以外にも、胸腔内腹腔内脊柱管内など、脂肪組織が存在する場所ならどこにでも、できる可能性があります。

 

 

脂肪腫は良性腫瘍で、組織学的にも正常な脂肪組織と区別がつきません。

 

なので、『脂肪の塊』でも間違いではないのです。

 

薄い被膜で覆われた脂肪の塊で、周りの組織と分離しやすく、つまめます。

  

基本、痛くもなければ、害もありません。『脂肪の塊』ですから。

 

なので、通常は経過観察で、飼い主様が希望される時には外科切除となります。

 

 

けれど、まれに胸腔内や脊柱管内など、骨で囲まれた限られた空間内に脂肪腫ができて大きくなり体積が増すと、周りの組織や臓器が圧迫されて迷惑します。

 

胸腔内にできれば、肺が圧迫されて呼吸が苦しくなったり、心臓や血管が圧迫されて胸水が溜まったり。

 

脊柱管内にできれば、脊髄の圧迫による麻痺や排尿障害などの神経症状が引き起こされるかもしれません。

 

症状が認められる時は、早期の外科切除が必要になります。

 

さらに、筋肉内脂肪腫や、浸潤性脂肪腫という、厄介な脂肪腫も存在します。

 

 

悪性腫瘍(がん)が、良性腫瘍と臨床的に明らかに違う点は、

 

①急速な発育 : あっという間に大きくなる

②局所浸潤性 : 周りの組織との境界が分かり難くて、がっちりくっついている

③遠隔転移 : 肺や肝臓などの離れた場所に病変が飛ぶ  

  

ということです。

 

他にも、同時多発的に複数個発生する、歪な形、組織が脆く出血しやすい、などの特徴があります。

 

 

筋肉内脂肪腫は、太ももの部分(特に半腱様筋と半膜様筋の間)や上腕の部分などにできてパンパンに腫れ、破行を伴うことがあります。

 

浸潤性脂肪腫は、良性腫瘍であるにもかかわらず、局所浸潤性が極めて強く、悪性腫瘍のように、筋肉、神経、心筋(心臓)、関節包、骨への侵潤が報告されています。

 

どちらも遠隔転移はないと考えられているのですが、特に浸潤性脂肪腫は、とにかくやたら局所浸潤性が強いのです。

 

まるで悪性腫瘍です。分類上は良性腫瘍なんですけどね。

 

脂肪腫なのに、周りの組織との間に被膜を作らずに、筋肉の繊維の間に染み込むような形で入り込んで増殖するのです。

 

お肉に入った『サシ』のように見えます。

 

なので、外科手術で腫瘍だけを確実に取り切ることがほぼ不可能で、根治のためには周りの組織を含めた十分なマージンを取った上での断脚などが必要になります。

 

筋肉を取り除いた骨だけ残しても、意味がないですからね。

 

腫瘍組織を少しでも残してしまえば、またすぐに再発です。

 

だから再発率が高くて、根治が難しいのです。😣

 

良性腫瘍のために断脚って、普通考えられないですものね。

 

 

本来の脂肪腫は、例えば皮下に存在するものでは、指でつまめるほど周りの組織との境界がわかりやすいです。

 

外科手術で切除してしまえば根治です。(ただし他の場所に新たにできることはありますが😥)

 

 

この2つは同じ脂肪腫なのに臨床的にはまるで別物ですが、組織検査ではともに正常な脂肪組織と変わりありません。

 

なので、腫瘍の部分に注射針を刺して組織を吸引し細胞を調べる針生検の検査でも、脂肪組織しか得られません。

 

手術をするにあたって、腫瘍がどこまで入り込んで広がっているかを知るためのCT造影検査でも、正常な脂肪組織と脂肪腫との区別を明確にすることは困難で、手術のマージンをどこまで取るかを決めるのはとても難しいのです。

 

生きていく上で必要な組織まで取るわけにもゆきませんからね。

 

それでもより多くの情報を得るために、外科手術をするにあたっては、このCT造影検査は必須です。

 

手術マージンを十分取れなかった時は、放射線療法や抗がん剤による化学療法が選択されます。

 

 

浸潤性脂肪腫の治療は、基本的に悪性腫瘍である脂肪肉腫の治療と同じです。

 

脂肪肉腫は、極めて稀な悪性腫瘍(がん)で、ほとんどは体表の皮下に発生しますが、骨や腹腔内に発生したという報告もあります。

 

局所浸潤性が強く、肺、肝臓、脾臓、骨などへの遠隔転移も報告されています。

 

 

分子標的薬(トセラニブ)が、効能外治療ではありますが、飼い主様の同意を得て使用されることもあります。

 

 

浸潤性脂肪腫も、脂肪肉腫も、遠隔転移がなく腫瘍を完全に切除できたならば、予後は良好なはずです。

 

いかに腫瘍を取り切るかにかかっていると言えますね。

 

それが難しいのですが。

(手術後の再発率は36〜50%と言われています)

 

 

 

以上、動物たちの健康管理のご参考にしていただけましたら幸いです。

  

 

 

 

※時々お問い合わせをいただくのですが、診察を伴わない個々のご質問にはお答え致しかねます。申し訳ありません。