犬猫の心臓腫瘍は、極めてまれとされています。(腫瘍全体の犬:0.19%、猫:0.03%未満)
その理由は、
①心臓の心筋の細胞は高度に分化していて細胞分裂を起こさないため、細胞の異常増殖を起こす『がん』にはならない
②体の中で一番温度の高い心臓は常に40℃近くになっているため、39℃以上になると増殖が止まり、42℃以上の高温で死滅するがん細胞は生存できない
③心臓からはいくつかのがん抑制ホルモンが放出されていて、血管平滑筋や血管内皮細胞の増殖・肥大を抑制したり、肺癌摘出後の肺転移まで阻止していることが最近発見された などによります。
それでもできてしまう子はいますし、心臓という場所柄、突然死も有り得ますので、原因不明の突然死と診断されている場合もあるのでしょう。
超音波検査を行わないと腫瘍の確認は難しいので、実際にはもっと多く発生しているのかもしれません。
また心臓という場所柄、生前の組織細胞診断が難しく、また動物では死後の解剖数も少ないので、正確な数の把握ができていないものと思われます。
犬の心臓にできる腫瘍としては、血管肉腫、大動脈小体腫瘍(ケモデクトーマ)、リンパ腫、横紋筋肉腫、線維肉腫、軟骨肉腫、脂肪肉腫などが報告されています。
どれも悪性腫瘍で、以前は原発性腫瘍が多いとされていましたが、症例報告が増えるに従って近年では転移性腫瘍の方が多いというふうに変わってきました。
犬の原発性腫瘍は、血管肉腫(69%)、大動脈小体腫瘍(8%)、リンパ腫(4%)、その他です。
転移性腫瘍は、リンパ腫、乳腺癌、肺癌、血管肉腫、悪性黒色腫、肥満細胞腫などです。
原発性腫瘍は、特に血管肉腫は右心房や右心耳に、転移性腫瘍は左心室の心筋内にできやすいようです。
猫ではさらに症例数が少ないのですが、リンパ腫などの転移性の悪性腫瘍が多いとされています。
原発性腫瘍は、血管肉腫(9%未満)、大動脈小体腫瘍などです。
転移性腫瘍は、リンパ腫、乳腺癌、肺癌、唾液腺癌、悪性黒色腫、横紋筋肉腫などです。
犬猫ともに、5歳以下での発生は極めてまれで、高齢になってからの発症がほとんどです。
臨床症状)
①腫瘍の物理的な圧迫による心臓への血液の流入や流出障害(循環障害)
②腫瘍による外部からの圧迫による心臓の拡張障害(心膜滲出、心タンポナーデ) ※心膜滲出を起こす腫瘍:右心房血管肉腫、大動脈小体腫瘍、中皮腫
③心筋への腫瘍の侵潤や心臓の虚血によって生じる不整脈(正常心臓調律や心筋収縮性の混乱)
治療)
腫瘍に対する化学療法や分子標的療法、外科療法、不整脈や心不全などに対する治療が行われます。
●血管肉腫
血管肉腫の40〜50%は心臓原発と言われています。
右心房と右心耳に好発し、診断時には既に転移している場合がほとんどで、肺(62%・粟粒状転移)、脾臓、肝臓、他の心臓部位、皮膚、腎臓、脳などへ転移しやすいです。
好発犬種)ゴールデンレトリバー、マルチーズ、M.ダックスなど。
症状)後枝の虚弱、運動不耐性、呼吸困難、虚脱・ショック、腹囲膨満など。
検査)貧血、不整脈、心音減弱、肝臓・脾臓腫大、股動脈圧低下、凝固不全(DIC)などが確認されます。
治療)緩和的治療(外科)、化学療法、心膜穿刺(心タンポナーデ)など。
●大動脈小体腫瘍
短頭種気道症候群による慢性低酸素症と関連があり、短頭犬種に好発するとされています。
大動脈小体とは、酸素分圧をモニターする末梢の化学受容器で、酸素が少なくなると迷走神経を介して延髄の呼吸中枢に情報を送ります。
そんな大動脈小体が腫瘍化したもので、一般的に進行は極めて緩徐ですが、時に大型化する(13㎝以上)場合もあります。
心膜、心外膜、心筋、心基部大血管、胸椎などに発生し、局所浸潤性が強いですが、遠隔転移性は弱く(12〜22%)、転移部位は肺、心臓、肝臓、腎臓、脳、骨などです。
臨床症状)心房や大静脈の圧迫によるもの、心タンポナーデによる右心不全徴候などで、腹囲膨満・呼吸器症状(50%)、嗜眠(40%)、消化器症状(28%)など。
レントゲン検査)心陰影の拡大、肺水腫、胸水貯留(約50%)
エコー検査)心嚢水貯留(80%)、心タンポナーデ(40%以上)
治療)外科摘出は腫瘍の浸潤性のため困難。心膜切除術が推奨されます。
●心タンポナーデ
心臓と心臓を覆っている心外膜との間には、正常でも少量の心嚢水という液体が存在し、心臓が拡張や収縮を繰り返すときの潤滑剤として、また外部からの衝撃を和らげるクッションのような役割を果たしています。
心タンポナーデは、心嚢水がいろいろな原因で大量に、または急激に増水して貯留した結果、心臓の働き(特に拡張)が妨げられるとても危険な病態(循環不全)です。
心拍出量(心臓から送り出される血液量)の低下による血圧低下と頻脈により、危険なショック状態に陥ることもあります。
なので、エコー検査による診断後は、早急な心膜穿刺による吸引排液が必要です。
以上、ここまで読んでいただきまして、本当にありがとうございました。
動物たちの健康管理のご参考にしていただけましたら幸いです。😊
※時々お問い合わせをいただくのですが、診察を伴わない個々のご質問にはお答え致しかねます。申し訳ありません。