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猫の肥大型心筋症

猫の肥大型心筋症 / 長谷川動物病院
    リクちゃん / 長谷川動物病院

 

こんにちは、院長の長谷川です。

 

私の住んでいる新潟市は、今日、今シーズン最高の積雪(20㎝位?)で、雪除けが必要でした。休診日でよかったです。😆

 

 

今年のように、寒い冬に多く発症する病気の一つに、猫の心筋症があります。

 

突然、腰が抜けて痛がっているとか、呼吸が苦しそうという、かなり深刻な状態になって初めて、来院される場合が多いです。

 

他には、発咳、失神、突然死もあり得ますが、なんとなく元気がないなど、とにかくほとんど無症状で、早期に発見することが難しい厄介な病気です。

 

できるだけ早く見つけてあげたい、早期発見が課題の病気の1つです。

 

 

心臓の内部には、左右の心房と心室の計4つの空間があり、心房と心室が交互に拡張と収縮を繰り返すポンプ機能によって、血液を右心室から肺へ、左心室から全身へと送り出すと同時に、肺から左心房へ、全身から右心房へと、受け入れています。

 

心筋症では、心臓の筋肉(心筋)に異常があり、心臓の機能(拡張&収縮によるポンプ機能)の低下によって、全身に血液を循環させることが難しくなります。

 

進行すると、左心房拡大や肺静脈のうっ血を経て鬱血性心不全となり、肺水腫や胸水貯留による呼吸困難動脈血栓塞栓症突然死を招きやすくなります。

 

 

心筋症は、臨床病態や心臓の形態的な分類に基づいて、①拡張型、②肥大型、③拘束型、④不整脈源性右室心筋症、⑤分類不能型心筋症に分類されます。

 

以前はタウリン欠乏による拡張型心筋症が多く見られましたが、キャットフードの改善により激減し、現在最も多いのは肥大型心筋症です。

 

今回は、肥大型心筋症についてのお話です。

 

メインクーン、ラグドール、アメリカンショートヘアー、ペルシャでは、遺伝子変異による家族性の発生の報告があります。

 

けれど実際には、飼育頭数が多い日本猫(Mix)での発症が圧倒的です。

 

メインクーンラグドールは、血液検査による遺伝子検査が可能です。

 

他に、ウイルス感染や炎症(サイトカイン)などの関与が、発症要因として指摘されています。

 

若令での発症もありますが、中年齢以降、年齢が上がるとともに罹患率が上昇します。

 

 

肥大型心筋症の厄介なところは、発症前段階での早期診断の難しさです。

 

左心不全(胸水貯留や肺水腫)や動脈血栓塞栓症という、かなり進行した段階になって、初めて病気に気づくことになるのがこの病気では一般的です。

 

けれど、『臨床症状も心雑音もない猫においても、罹患率が15%だった』と言う報告があるくらいで、実際には多いはずなのです。(ちなみにヒトでは0.2%)

 

心筋症であっても無症状のまま寿命を全うする猫が少なからずいるのでしょう。

 

けれど最悪の場合は、心臓病と気づかれないままの突然死もあり得ます。

 

 

無症状の肥大型心筋症は、心エコー検査でしか知り得ません。症状のある子も同じです。

 

臨床的には、心臓の左心室壁や心室中隔の肥厚を心エコー検査で確認をし、心筋肥大の状態を起こし得る基礎疾患(大動脈弁狭窄症、高血圧、甲状腺機能亢進症先端巨大症など)を除外することで確定診断を行います。

 

実際には、血液検査レントゲン心電図、可能なら超音波と、その状況下でできる検査を行います。

 

現実問題として、既に症状があって苦しんでいる猫のエコー検査は至難の業ですし、無理に行うのはとても危険です。😣

 

症状のない元気な猫の検査も、特に病院慣れしていないシャイなニャンコのエコー検査も難しいですが。。😩

 

状態が安定していて可能であれば、吸入麻酔下での心エコー検査で 、治療のための病態観察と心機能評価を行う事もあります。

 

 

肥大型心筋症では、心臓の心室中隔や左心室壁(部分的〜全体)が肥厚して硬くなり、左心室全体の拡張障害が起きています。膨らむことができなくなるのです。

 

元々の拡張障害の結果として心筋が肥厚するのか、心筋の肥厚によって左心室が拡張できなくなるのか、その辺はまだよくわかっていません。

 

いずれにせよ、進行すると心室の内腔が狭くなり心臓内の血液の流れが停滞し(うっ血)、その煽りで左心房が大きく拡大してきて、肺静脈圧が一定ラインを越えると左心不全となります。

 

一般的には、犬の場合もそうですが、『左心不全=肺水腫』です。

 

けれど猫の場合は、『左心不全→胸水』と言う場合も成り立つのです。

 

さらに猫の心原性肺水腫は、レントゲン像が犬のように肺後葉に限局しないので注意が必要です。

 

また、呼吸困難や胸水が貯留する病気は、細菌やウイルス感染症、炎症、腫瘍など、他にも存在しますので、それらの鑑別のための検査も必要です。

 

 

そして肥大型心筋症の来院理由として最も多いのが、動脈血栓塞栓症です。

 

これは突然起こります。しかもとても痛がり、来院時には興奮して怒りっぽくなっている子が多いです。

 

うっ血によって拡張した左心房内で、血液が流れずに停留することによって血液の塊ができ、それが流されて血管に詰まるのです。

 

よく詰まりやすい所は、大動脈-腸骨動脈分岐部(後肢の不全~完全麻痺)、右鎖骨下動脈(右前肢の不全~完全麻痺)ですが、全身のあらゆる血管に詰まる可能性があります。

 

激しい痛みと同時に、詰まった先の組織への血流が途絶えますので、足先の冷感、麻痺や感覚の消失、そしてパットが硬く白くなります。

 

呼吸困難になっている子もいます。

 

血栓塞栓症の症状が出ると、診断は容易なのですが予後は正直厳しいです。😔

 

なので治療は、いかに動脈血栓塞栓症を起こさせないように、発症リスクを抑えるかが課題です。だから早く見つけてあげたいのです。

 

 

 猫の心筋症では、聴診時に心雑音が聞こえることは稀です。

 

けれど、閉塞性肥大型心筋症と呼ばれるタイプでは、左心室の収縮期に僧帽弁(前尖)が大動脈に通じる通路に向かって海老反って変位する収縮期前方運動(SAM)によって通路を狭め(左室流出路狭窄)、僧帽弁逆流(心雑音)を引き起こします。

 

閉塞性肥大型心筋症は重症化するため、ヒトでは予後増悪因子です。

 

けれど猫では、聴診によって早期に発見される可能性の高い心筋症であるために、結果的に治療につながり、生存期間が長くなるという矛盾が生じています。

 

つまり、早期に心筋症を発見して治療を開始すれば、生存期間を伸ばすことができる可能性が高いと言うことです。

 

これを可能にするのは、定期検診時の心エコー検査しかありません。

 

また、NT-pro BNPANP心筋トロポニンなどのバイオマーカーも診断の一助となります。

 

 

治療は、ACE阻害薬、β遮断薬、カルシウム受容体拮抗薬、利尿剤、抗凝固剤、鎮痛剤などのお薬を、その子の病態に応じて選択し、内服していただきます。

 

心臓移植以外に、心筋症そのものを治す方法はありません。

 

投薬によって左心不全の進行を遅らせ、鬱血性心不全への対処と血栓の形成抑制を行う対症療法が中心となります。

 

 

病院では、胸水があれば胸水穿刺を行い、動脈血栓に対しては、発症後3~4.5時間以内に限って、溶解する治療薬があります。

 

けれど、再灌流障害による高い死亡リスクの問題があり、あまり推奨はされていません。

 

血栓溶解薬の使用にあたっては十分な説明と同意が必要です。

 

 

 

以上、動物たちの健康管理のご参考にしていただけましたら幸いです。😊

 

 

 

※時々お問い合わせをいただくのですが、診察を伴わない個々のご質問にはお答え致しかねます。申し訳ありません。