腫瘍の中には、統計上明らかな性差のあるものがあります。
肛門嚢アポクリン腺癌も、以前はそんな腫瘍でした。
犬の、お尻(肛門)の周りにできる良性を含めた腫瘍(できもの)は、圧倒的に高齢の去勢されていないオスに多いです。
ちなみに、動物に痔はありません。😉
肛門周囲腺腫という、肛門の周りの皮膚の浅い場所にできる良性腫瘍がほとんどだからです。
ちなみに、悪性の肛門周囲腺癌もあります。
これらは見た目も目立ちますので、飼い主様に見つけていただきやすいのです。
詳しくは病院HP/診療案内/不妊手術のページの最下段をご覧ください。
良性の、肛門周囲腺腫はホルモン依存性の腫瘍ですので、去勢手術によって予防できますし、小さなものであれば去勢手術によって退縮します。
それに対して、肛門嚢アポクリン腺癌は犬にも猫にも出来ますが、発生数そのものが少ないこともあって、メスの病気と思われていました。
私もつい最近まで、そう思っていましたし、飼い主さま方にもそういうお話をしていました。
けれど、肛門嚢アポクリン腺癌の症例報告数が増えるに従って、現在では統計上、発症に性差はないとされています。
猫では犬よりもさらに症例数が少なくて、こちらはメスが多いとされています。
情報のアップデートは大切ですね。勉強しなくちゃ😆、反省です。😅
肛門嚢アポクリン腺癌は、肛門嚢(肛門腺)の壁にあるアポクリン腺という体液を分泌する線の細胞が腫瘍化する悪性腫瘍です。(癌ですから上皮系悪性腫瘍)
ほとんどが単発性(片側性)で、固く、進行が早く、初診時の触診や直腸検査ですでに周囲の組織に固着して感じられることが多いです。
そして腫瘍そのものは小さくても、直腸検査やレントゲン、超音波エコー検査で、腰下リンパ節群(内腸骨リンパ節)への転移が疑われることが多いです。
領域リンパ節以外にも、肺、腰椎、肝臓、腎臓、脾臓などの腹腔内臓器に遠隔転移を起こす可能性があります。
血液検査では、高カルシウム血症が高率に認められます。これは腫瘍随伴症候群です。
腫瘍や転移病巣から上皮小体ホルモンに似た物質(上皮小体ホルモン関連蛋白PTH-rP)が分泌されているためです。
この高カルシウム血症は、腫瘍の容積依存性ですので、腫瘍や転移病巣の摘出によって改善が期待できます。
高カルシウム血症に続発する腎不全が、この腫瘍の主な死因となります。
なので、血液検査に基づく高カルシウム血症に対する治療は必須になるでしょう。
高カルシウム血症が続くと、病的な骨折を招くかもしれません。
そのほかには、腰下リンパ節などの転移病巣や局所再発による症状の悪化です。
具体的には、直腸が圧迫されることによる排便困難などです。
平べったく変形した便を排出するようになって来院されることもあります。
主な症状としては、しぶり、便秘、多飲多尿(高カルシウム血症のため)、食欲不振などです。
目で見てわかる肛門周囲腺腫と違って、肛門嚢アポクリン腺癌は深い場所に出来ますので、外見上は目立ちません。
そもそも、お顔と違って普段からお尻を気にして見ていらっしゃる飼い主様は少ないですからね。😅
治療は、外科手術と化学療法や放射線療法との組み合わせになります。
分子標的薬(リン酸トセラニブ)による治療も、ある程度の効果が期待できる可能性があります。
すでに転移していても、外科手術は高カルシウム血症の治療という意味でも有効です。
けれど転移がある以上、外科手術プラスαの治療が必要になります。
大きな腫瘍の摘出にあたっては、摘出後の術部の隙間を埋めないと、術後に会陰ヘルニアを引き起こす可能性があります。
けれど、この腫瘍は周りの組織に固着性が強いので、摘出するにあたって周囲の内肛門括約筋や外肛門括約筋ごと取り除かなければならない場合があります。
なので隙間を埋めることが容易ではありません。
さらに、内肛門括約筋と外肛門括約筋は、肛門を閉めてくれる働きをしていて大事な筋肉です。
なので、切除される面積によっては、術後に便失禁を起こす可能性があります。
以上のような、正直ネガティブなお話ばかりで恐縮なのですが、ご家族にさせていただいて治療方針を決定します。
残念ながらこの腫瘍は進行が早いので、治療を迷っている時間はもったいないと感じます。
その間にも、どんどん大きくなってゆきますから。
普段からご家族で、こういう場合はどう対処するかというお話し合いによって、意見をまとめておいていただきたいと思います。
あまり考えたくはないことですけれど、大切なことですからね。🙁
ご家族で意見がバラバラですと、私たちは動けないのです。😣
写真のこの子は、左側の肛門腺炎の治療をしていたのですがなかなか改善せず、そのうちに右側の肛門嚢が固く急速に大きくなってきました。
発見は早い方だったはずですが、すでに高カルシウム血症があり、腰下リンパ節群への転移が疑われる状況です。
この子は外科手術後に抗がん剤による化学療法を予定しています。
本犬は至って元気ですが、残念ながらこの腫瘍の予後は、不良~中等症とお話をしなければなりません。
決して楽観はできないのですが、今の元気で抗がん剤治療を乗り切っていただきたいです。🙂
以上、ここまで読んでいただきましてありがとうございました。
動物たちの健康管理の参考にしていただけましたら幸いです。😊
※時々お問い合わせをいただくのですが、診察を伴わない個々のご質問にはお答え致しかねます。申し訳ありません。