犬の僧帽弁閉鎖不全症では、アメリカ獣医内科学会(ACVIM)の分類に従って病期(ステージ)判定が行われます。
僧帽弁閉鎖不全症(心不全)に対する治療では、血管拡張薬(降圧剤)や利尿剤などの心臓にかかる負担を減らすお薬や、心筋の収縮力を高める強心薬が用いられます。
治療薬は、病期や症状によって選択されます。(以下に示す全てのお薬を投与するわけではありません💦)
今回のお話は専門的で、少し難しいです。
専門用語には解説を加えておりませんので、ご自分で調べていただいて、わからないところはかかりつけの先生に質問をしてください。
●治療薬
①強心薬:ピモベンダン、ジゴキシンなど
②血管拡張薬:アムロジピン、ニトログリセリン、硝酸イソソルビド、プラゾシンなど
③利尿薬:フロセミド、トラセミド、スピロノラクトンなど
④(血管拡張・)心リモデリング抑制薬:エナラプリル、ベナゼプリル、テルミサルタン、カルベジロールなど
①強心薬
ピモベンダンは、QOLと生命予後の改善を目的に、アメリカ獣医内科学会の分類、ステージB2の段階から処方されます。
血管拡張作用、強心作用、心拍数の適正化(減少)、抗不整脈作用などが認められます。
もともと細胞内にあったCaの利用効率を高めて強心作用を発揮するために、ジゴキシンなどの他の強心薬と比較してエネルギー消費を増加させないので、心筋細胞の負担が少ないお薬です。
対して、β作動薬、PDE(ホスフォジエステラーゼ)Ⅲ阻害薬、ジゴキシンのような強心薬は、Caイオン濃度の過負荷によって、不整脈や心筋細胞障害を起こす可能性があります。
※ピモベンダンにもPDEⅢ阻害作用があるため、副作用はゼロではありません
②血管拡張(降圧)薬
カルシウム拮抗薬、硝酸薬、アドレナリンα受容体遮断薬など。
カルシウム拮抗薬(カルシウムブロッカー)は、主に、細胞内へのCaイオンの流入を減少させ、末梢血管や心臓に栄養を供給する冠血管の平滑筋を弛緩(血管拡張)させることによって、血圧を低下させます。
ニトログリセリンは冠動脈や末梢血管に対する拡張作用によって、硝酸イソソルビドは利尿作用によって、血圧を下げる働きをします。
ちなみに高血圧の治療では、1)ACE阻害薬、2)カルシウム拮抗薬、3)利尿薬のどれか、または同時投与によって治療します。
けれど、それでも効果が認められないときには、β受容体遮断薬、α受容体遮断薬、アルドステロン拮抗薬などを併用します。
アドレナリンα受容体遮断薬(αブロッカー)は、血管に分布しているアドレナリンα1受容体を遮断して、交感神経の刺激が末梢血管に伝わるのを抑制します。
交感神経の興奮によって、ノルアドレナリンが分泌されα1受容体に結合すると、末梢血管が収縮し血管抵抗が増加して、血流が減少します。
これによって心臓が活発に働き心拍出量が増えると血圧が上昇してしまいます。
αブロッカーは、これらの作用を抑制して降圧作用を発揮します。
③利尿薬
ループ利尿薬、アルドステロン拮抗薬など。
心不全によって引き起こされた肺水腫や肺高血圧症の改善、あるいは循環血液量を減少させ心臓の負担を軽減するために使用されます。
使用によって腎機能障害や食欲不振を招くことがありますので、血液検査で腎機能障害や低K血症が認められた場合には、お薬の変更や減量、休薬が必要となる場合があります。
利尿剤による循環血液量の減少や低Na血症は、後述するレニン-アンギオテンシン-アルドステロン系を賦活させ、かえって心不全を進行させることになるので、注意が必要です。
④(血管拡張・)心リモデリング抑制薬
ACE阻害薬、ARB受容体拮抗薬、アドレナリンβ受容体遮断薬など。
大量の出血や重度の脱水などによる循環血液量の減少によって急激な血圧低下が起きると、生命維持のために、レニン-アンギオテンシン-アルドステロン系(RAAS)の働きが亢進します。
血圧を正常に保つために、肝臓、肺、副腎、腎臓、血管平滑筋が協調して働くのです。
主な働きは、①血管収縮作用、②アルドステロン分泌促進作用ですが、その結果としての、③リモデリング促進作用もあります。
僧帽弁閉鎖不全症における心不全や心肥大の病態でも、その重症度に応じて、RAASが亢進します。
心筋組織内のACEレベル、アンギオテンシンⅡレベルが上昇しているのです。これは末梢血管を収縮させて、脳などの重要な臓器に優先して血液を送るためと解釈されています。
心拍出量の低下による腎血流量の低下と、それによる交感神経系の亢進(β1刺激)がトリガーとなって、RAASが亢進します。
けれどそのために、末梢血管の収縮=後負荷の増大→心拍出量の低下→RAASの更なる刺激となり、悪循環が生まれます。
なので、その作用を抑制するACE阻害薬やARB受容体拮抗薬の投与によって、血管がゆっくりと拡張されて血圧が低下します。
投与によって症状や予後の改善が認められますので、これらは治療の最初に投与されるお薬です。
アドレナリンβ受容体は主に心筋に分布していて、ノルアドレナリンがβ受容体に結合すると、心拍出量が増加し血圧が上がってしまいます。
β受容体遮断薬(βブロッカー)はアドレナリンβ受容体を遮断して、交感神経の刺激が心筋に伝わるのを抑制し、血圧を下げます。
βブロッカーは、心筋の収縮力を低下させるため、通常は心不全がある状態で投与するのは危険です。
けれど現在では、βブロッカー(カルベジロール)をごく少量投与すると、心拍数が減少し心不全が改善される場合があることが知られています。
心臓病の治療薬は生涯投与となる場合がほとんどです。
いずれのお薬も副作用はゼロではありませんので、定期的な血液検査による肝機能や腎機能、電解質などのチェックが望ましいです。
そして夜間や休日などに症状が急変したり、他の病気でかかりつけ以外の夜間救急病院などにお世話になることがあるかもしれません。
そんな時のためにも、現在投薬中のお薬の名前、投与量、投与回数、投与期間などを手帳やノートに記録しておくことをお勧めします。
実際に、小型犬では投与量が合わずに錠剤を砕いて粉末にすることがあるのです。
錠剤のお薬を、3分のⅠとか、5分のⅠとかに分割することはできませんからね。
粉末の分包になってしまうと、お薬の正体が全くわかりません。😩
先生やスタッフの方にお聞きすれば教えていただけるはずです。
ワンちゃんや猫ちゃん用のお薬手帳は絶対オススメです。
かかりつけ以外の病院にお世話になるときには、ぜひ、検査結果と一緒にお持ちくださいね。
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※時々お問い合わせをいただくのですが、診察を伴わない個々のご質問にはお答え致しかねます。申し訳ありません。